二章 赫き炎
2 ——Side:Riku
「……う……
意識を取り戻す。身体のどこもかしこもが痛む。
情けない。こちらが予想していたよりも、相手の方が一枚上手だった。
透過の魔法。それをこの濃い
気を失っている間にどれだけの時間が経っただろうか。こうして無事でいるということは、誰かが自分を守ってくれたのかもしれない。誰か——
「まずい、ジル……!」
自分が倒れてしまっていたということは、その誰かは今一人で複数の敵と戦っているということになる。
それは良からぬ状況だと言わざるを得ない。たとえジルが身体強化の魔法で身体を強化していたとしても、先ほどのように相手が一枚上手を取ってくるならば、多勢にたった一人では圧倒的に不利だ。一刻も早く加勢しなくては、取り返しのつかないことになる。
痛む身体に鞭を打つ。どうか無事であってくれと祈りながら顔を上げた——
その先にあった光景は、理玖の想像から酷くかけ離れたものだった。
「——っ、——」
持ち上げた視線の先に広がる惨状に、喉元が引き攣る。
その現実から目を背けようと言わんばかりに、視界が揺れる。
傷ついて横たわる異端者たち。
それはいい。それこそが自分たちに課せられた仕事だ。
敵対する異端者を無力化し、これを捕縛する。そのためならば、相手が魔法使いである以上、多少の武力行使はどうしても避けられない。
しかし、理玖の目の前に広がる光景は、そんな止むを得ない実力行使による鎮圧にしてはあまりにも凄惨だった。明らかに
——地面に転がる異端者たちは、その殆どが自由を奪われ、執拗に刺突された痕が残されていた。
そのままショックに打たれるか、生き血を失って冥界に旅立てていればまだ救われている方だ。残された者は哀れにも、耐えきれぬ苦痛と恐怖に喘ぐ。
鼻を衝く濃い鉄の匂い。人の言葉と判別するのも難しい呻き。
散乱した肉塊は、清らかな川の流れを赤黒く染め上げる。
あらゆる感覚器から伝わる全てによって、この状況の異常さをまざまざと思い知らされる。
まさしくそれは、この世の地獄と言って差し支えのない光景だった。
「——ッ! う……」
……気持ちが悪い。腹から何かが迫り上がるのを必死に堪える。
どうして、なぜ、こんなことに。
まさか彼が、
これまで共に亡霊と戦ってきた時はこんなやり方していなかったじゃないか。
どうして、いくらなんでもやりすぎだ……!
「——ジル、……ジル‼」
身体的にも精神的にも限界に近い。気が狂いそうだ。それでもどうにか身体を奮い立たせ、彼の名を叫ぶ。
止めなければ、彼を。これ以上は見過ごすことができない。
————
力なく呻く異端者たちを蹴り付けぬよう避けつつ、理玖は一つの目星を付けて歩を進める。
今回の任務。その内容は、
それに沿うのであれば、このエリアの
作戦会議の際に曜に提示された、
神の住処を守る門。いわゆる、鳥居だ。小高い丘の斜面に造られた石段の上に、その建造物は佇んでいる。恐らく、神が祀られるその領域こそ、このエリアの
そこへ至る石段の中腹に、見知った後ろ姿を見る。
月明かりに照らされて白銀のように輝く髪、所々が赤黒く染まったファーを備えた赤いジャケット。彼こそまさに、理玖が探している人物その人だった。
彼が落とした視線の先には、これまで見てきた被害者たちと同じローブを纏った男の姿があった。その身体にあるべき右の脚は、今や肉塊となって石段の最下段に転がり落ちている。
「た、のむ……頼む! もうやめてくれ……! 殺さないで……!」
「……大丈夫、殺さないさ。殺すワケない。
だって——お前には、まだ罰が足りてない」
「ひィイ‼ だ、誰か‼ 誰か助けてくれ……‼」
恐怖に染まった男に相対する彼……ジルの声——それは、背筋が凍りつくほどに冷たい
両手で頭を庇うように抱え込む男に、ジルの獲物の切っ先が向けられる。
——まずい。
咄嗟に危機感を覚える。
このままでは、あの場で怯えている異端者もまた、河原で見た異端者と同じ仕打ちを受けるだろう。
繰り返しになるが、対象の無力化が問題なのではない。彼の必要以上の報復に問題があるのだ。
既に、相手は戦意喪失している。ここから先は
何より——理玖自身が、目の前で行われようとしている残酷な仕打ちを看過できなかった。
「
夜闇に金の瞳が瞬く。
振りかざされたジルの右腕は、理玖の魔眼が作り出した
「そこまでだ、ジル! これ以上は僕が見逃せない!」
瞳に鋭い冷ややかさを纏ったまま、ジルは振り返る。
数多の人間の血に塗れたその顔に、喉の奥がこくりと鳴る。
普段の彼とは似ても似つかない様子のジルに戸惑いを持ちながらも、理玖はどうにか痛む身体に鞭を打って彼の元に駆け寄った。
「どうして邪魔をする。コイツは悪人だ。然るべき罰を受けて当然だろ」
理玖が声を掛けるより前に冷徹に吐き捨てるジルに思考を刺激される。
確かに、悪人とはその罪の贖いのために、罰を受ける必要もあるだろう。そこには理玖も同意する。
けれども、それはこれだけ大勢の人間に過度な苦痛を与えていい理由にはならないはずだ。
これでは罪を贖うどころではない。あまりにも無慈悲すぎる。
彼に投げかけようとしていた問いは、彼の冷酷無比かつこうあって当然たる態度でゆっくりと掻き消え、静かな憤りの感情に塗り変わっていく。
異端者の罰、その処遇を決めるのは
きみのするべきことじゃない。それに——」
相手が例え悪人であれ、大勢の人を無惨に斬り殺して、それが当然だと言うのか?
そんな、そんなことが罷り通ると言うのであれば——!
「今この場においては、彼らよりきみの方がよっぽど悪辣だ……!」